■聖書に出てくる宝石たちって何?
みなさんは、聖書に「宝石」の名前がいくつも出てくるのをご存じですか?
最近ではパワーストーンとしておなじみの天然石ですが、
実はとても古い歴史があるのです。
いちばん古い記録のひとつは、旧約聖書に登場する「大祭司の胸当て」。
そこには、12の部族を象徴する12種類の宝石がはめ込まれていました。
この12の石が「誕生石の原型になった」と言われることもあります。
一方で、新約聖書には「新しいエルサレム(ニューエルサレム)」という
理想郷の描写があり、そこでもまた12の宝石が登場します。
その宝石たちは、町の土台を飾る石として、ひとつひとつに意味が込められています。
■旧約聖書に登場する12の宝石
旧約聖書『出エジプト記』には、
大祭司アロンが身につけていた胸当て(ホーリーブレストプレート)に
12の宝石が嵌め込まれていたという記述があります。
それぞれの宝石にはイスラエルの12部族の名が刻まれていたとされ、
神と民との契約やつながりを象徴する重要な意味を持っていました。
- 紅玉髄(べにぎょくずい):カーネリアン ――ルベン族
- 水晶(すいしょう):クォーツ ――シメオン族
- 赤縞瑪瑙(あかしまめのう):サードニクス ――レビ族
- 黄水晶(きすいしょう):シトリン ――ユダ族
- 瑪瑙(めのう):アゲート――イッサカル族
- 紫水晶(むらさきすいしょう):アメジスト ――ゼブルン族
- 黄碧玉(おうへきぎょく):イエロージャスパー――ダン族
- 縞瑪瑙(しまめのう):(黒白の縞めのう、オニキス)――ナフタリ族
- 碧玉(へきぎょく):ジャスパー――ガド族
- 貴橄欖石(きかんらんせき):ペリドット――アシェル族
- 柘榴石(ざくろいし):ガーネット――ヨセフ族
- 瑠璃(るり):ラピスラズリ――ベニヤミン族
当時の石の呼び名や区別は今ほどはっきりしておらず、
いくつかの説がある石もあります。
でも、すべての石に「意味」や「役割」があり、
部族を神に捧げるための象徴として使われていたことは共通しています。
さらに興味深いのは、大祭司(コヘン・ガドール)が
この胸当てを身につけていた場面です。
大祭司の胸当て(ホーシェン・ハミシュパット)には
4列×3行に並んだ12の宝石が使われ、
それぞれがイスラエルの12部族の象徴とされていました。
祭司が神殿で儀式を行う際には、
この胸当てが彼らと神との“橋渡し”となり、
部族の祈りや願いを象徴的に
神の前に差し出す役割を果たしていたとされています。
また、胸当てには「ウリムとトンミム」と呼ばれる神意を問う道具
(くじのようなもの)も収納されていたとされ、
宝石とともに「真実」と「正義」を象徴する
神聖なアイテムだったと考えられています。
祭司が質問を唱えたときに、石の光り方や出方によって
「Yes/No」や「吉/凶」を読み取ったと言われています。
つまりこの胸当ては、単なる装飾ではなく、
神と人間との間に立つ「意識のチューナー」として
働いていたとも言えるでしょう。
■新約聖書に登場する12の宝石(新しいエルサレムの礎石)
次に、新約聖書『ヨハネの黙示録』に登場する12の宝石をご紹介します。こちらは、キリストの12使徒を象徴する宝石とされています。
- 碧玉(へきぎょく):ジャスパー
- 蒼玉(そうぎょく):サファイア
- 玉髄(ぎょくずい):カルセドニー
- 翠玉(すいぎょく):エメラルド
- 赤縞瑪瑙(あかしまめのう):サードニクス
- 帯赤褐色玉髄(たいせきかっしょく):サードニクス(※カーネリアン説あり)
- 金緑石(きんりょくせき):クリソライト(※ペリドット説あり)
- 緑柱石(りょくちゅうせき):ベリル
- 黄玉(おうぎょく):トパーズ(※当時のトパーズはシトリンだった可能性あり)
- 緑玉髄(りょくぎょくずい):クリソプレーズ
- 風信子石(ふうしんしせき):ジルコン(※諸説あり)
- 紫水晶(むらさきすいしょう):アメジスト
また、これらの宝石は「新しいエルサレム(ニューエルサレム)」という理想の都の、
十二の門の土台として記されています。
聖書の描写では、ニューエルサレムの各門のひとつひとつに
それぞれの宝石がはめ込まれており、この門を通って入ることは、
その宝石が象徴する意識のあり方や
霊的な成熟を表しているとも解釈されます。
つまりこれは、「ニューエルサレムに入るための意識の12の状態」として
象徴的に理解されることが多く、
それぞれの石が、魂の進化の通過点や達成すべき美徳、
霊的課題を象徴している
というスピリチュアルな解釈が存在します。
今後の記事では、この新約聖書の12の宝石を中心に、
その意味や意識状態、12方位との関係、
そして曼荼羅との比較
などを通じて、より深いスピリチュアルな視点から読み解いていく予定です。
■ダイヤモンドが入っていないのはなぜ?
ここで不思議に思うのが、「ダイヤモンドが入っていない」という点です。
現代では宝石といえばダイヤモンド!というほど有名なのに、聖書には登場しません。
実は、聖書が書かれた時代にはダイヤモンドの研磨技術がまだ存在しておらず、
透明な結晶であっても、加工が難しく、
あまり宝石としては珍重されていなかったようです。
また、ダイヤモンドのように「完全で傷のないもの」よりも、
内包物を持ちながらも深い色合いを放つような石が、当時の象徴だったのかもしれません。
次回は、「なぜジャスパーが最も重要な石として語られるのか?」についてお話しします。

